朝井まかて『白光』を読んだ。
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ほんとうは新作の『秘密の花園』を探して本屋を何軒も何回も回ってみるも、未だ出合えず...
地元の本屋に2回目の探索に行くも、またも空振り。
半分仕方なく、そこにあった同じ著者の文庫を手に取る。
とはいえ、これも文庫としては新刊だったのだ。
この前の本屋でも目配せされていたような気もする...
読み始めて、あー、これやばいやつ、と気づいてからは一気だ。
日本初のイコン画家山下りん。
絵が描きたくて茨城の家を飛び出して東京まで歩く、
そんな根性は私にはないけれど、
弟子入りした絵師をすぐに見限って次々替えていくところとか、
側から見たら根性がないとか無礼者とか思われるような振る舞いをしてしまう、
好きなことの技術や腕はあるけれども人付き合いで損をする不器用さ。
こうと思ったことに一直線で、そうでないものは頑なに拒み続ける、
自分の中の美学なのか哲学なのか、譲れないところは譲れないところ。
自分で蒔いた種なのに、四面楚歌になって心を病んでいく...
あー、どこぞの誰かのこれまでの人生に重なって見える。
幸か不幸か、どんな困難を超えてでも貫きたい意志を持ち合わせない私には、
りんのようなドラマを起こすことも大仕事を成し遂げることもできていない。
誰が決めるでもない、自分の人生だけれども、
私にとってそれができないってことは、やっぱり不幸なのだろうか?
そういう、夢中になれるものがあったら幸せなんだろうなぁという想いは、
子供の頃からずっとあったようにも思う。
だけど、周囲の反発があってもそれに向かえる勇気や、困難を乗り越える努力、
すごいことを成し遂げる人生に付随してくるテーマのことは、
あんまり考えてなかったんだろうな。
思い返せばほんの少しのことですぐに挫けてきたもの。
歴史上の人物とくれば、恒例のネイタルチャート読み。
なんだけど、macの不調?画像が貼り付けられないので文字ですみません。
1857.6.16.生まれ-1953.1.26.没。
安政4年〜昭和14年という、幕末からの激動の時代を生きた人。
まかてさんは膨大な資料に当たっていて、毎度ながら歴史の勉強にもなって有難い。
絵も小説も、才能も必要だけれどやっぱり努力なのだ...
さておき、りんの太陽は双子座25度前後。双子座極まれりという度数。
火星がオーブ2度でコンジャンクション、ルーラーの水星も双子座にありドミサイル。
牡牛座の金星もドミサイルで、月は牡羊座、10天体順行というので、
もう周囲なんか気にせず己の行く道に一直線なのもわかる。
私のまかて小説の入り口になった『ボタニカ』の牧野富太郎も双子座だ。
海王星魚座世代で、ちょうど一周した頃にこの小説が出ているのも何かのご縁。
というか、同じような激動の時代に入ってるってことなのかもしれない。
火星-海王星がパータイルでスクエアなのだけど、
そういえばこの本を買った翌日に火星が魚座に入ったんだった。
終わりの始まり感が強まって、私は星読みを手放すべきなのかと悩んでいる。
いやいや、まだでしょう...
そういえば今も10天体順行だけど、もう少しで水星が逆行に入る。
りんのネイタルでは水瓶座のキロンだけが逆行だ。
キロンといえば、乙女座のルーラー的な説もある。
トラウマや傷を乗り超えて才能に変わる星。
水瓶座のキロンは、目まぐるしく変わる世の中に適応して行かねばならない、
世代的に共通のテーマを持っていたんだろう。
オーブは少しあるが、キロンと金星がスクエア。
水瓶座ルーラーの天王星も牡牛座26度にある。
伝統のイコン画と、憧憬してやまない西洋画とのギャップに苦しむりんの葛藤を強く表しているよう。
あ、海王星もそうだし天王星も現代とほぼ同じ位置関係なのか...
我々も、集合意識から培われてきた価値観を大きく変えなくてはならない時代にいる。
りんの物語から学べることがまだまだありそうだ。
個人天体の双子座ステリウムもなかなか強めだけど、
牡牛座の金星の周囲を、木星-冥王星コンジャンクションと天王星が固めていて、
こちらもなかなかハードだ。自分の価値観をしっかり持つことが使命。
物語のりんは、絶対にそれを曲げなかったように見える。
しかし一方で、この人はと思える師匠に巡り合えたことが人生を大きく変えていったのは、木星-冥王星コンジャンクションを持つ者が受ける恩恵だったのだろう。
師匠もそうだし、魚座的な木星=キリスト教との出会いも。
魚座海王星もドミサイルだし、牡牛座も宗教的と言われるサイン。
なんだけど、金星が牡牛座16度というのと反対側の蠍座にあるリリスが、
信仰だけに留まらず、貪欲に自分の道を求める方に向かわせる。
蟹座の土星はデトリメント。こちらも、満足することを知らない。
己の腕を磨き続けることこそが、りんにとっての生きる道。
現代ではもしかしたら、そんなことができるなんてただ幸せだと思われるような生き方だったのかもしれない。
だけど、その寂しさはいかばかりだっただろうか、計り知れないな。
寂しさを感じないように、埋めるように、画業に没頭する。
それでも時代も時代、食べていくための仕事はしなければだし、
好きなことだけしていればいいわけでももちろんない。
実際どう思ってたかはわからずとも、15歳で家出したりその後諦めず上京するくらい、嫁ぐことについてはキッパリNOと言って諦めてるところも潔い。
なんでも中途半端で、でもなんでも欲しいと思う方が、よほど欲張りだけど何も得られないものなのだ。
これだけは譲れない、これだけは何が何でも手にしたい、せめてそんな風にきっぱりと表明できるようになりたいと思う。
「願わくば」という言葉があるけれど、願わなければ何も叶わない。
まかてさんも太陽獅子座だけど、月は山羊座。
りんの蟹座土星と反対の、デトリメントと言われる配置だけれど、自分の中の恐れも限界も乗り越えた時に大きな力を発揮できるんだと思う。
私は蟹座フォールの火星持ち。
デトリメントよりも中途半端な感じがしてその通りでただ残念だけど、自分の中をひたすら探って行っても限界はすぐにやってきて、そんな時は山羊座的に、歴史や社会にもっと深く潜れる場所を見つけることも一つのやり方なんじゃなかろうか。
ブラックボックスなインターセプト山羊座。
火星期になってようやく歴史に学べるようになってきた。
ということはやっぱり、個人的な「中年の危機」にかまけてる場合じゃなかったのかも。
今更...いや何度も痛い目に遭ってきたはずだけど、捉え方を間違ってたことにいい加減気づけってこと。
天王星ハーフリターンまであと1年と1ヶ月、巻き返せるのか?